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『さて、幻界に送り届ける前にもう一つ』
老人が腰に差し込んだ杖を持ち、一振りする。
何もない空間から、本が出現する。
「ルール本?」
『日記、じゃよ』
「日記、ですか?」
宙を浮いた日記はそのまま俺の鞄にもぐりこんでしまった。
『その日思い出したことを書くといい』
「なるほど。それを書き切って終了ですか?」
『いや、人の一生を過ごすんじゃ。80年かもしれん。50年かもしれん。100年かも知れんな。しかし、死んでしまっては地獄じゃな』
老人は杖をくるくる回し、にこりと微笑んだ。
『死ぬまでに天国に行かねばならない』
「記憶を取り戻して、ですね?」
『そう。幻界は豊かな場所じゃ。普通に暮らせる。穏やかに。しかし、何かを見出すことは怠惰に過ごすことでは到底できん。働き、周りに信用される、人間関係を豊かにする、誰かの役に立たねばならぬ』
誰かの役に……。
「幻界は罪人しかいないのに、安全なのですか?」
『君は人が更生することはないと思ってるのかね?』
老人はくるりと背を向けて、俺から離れていった。
白い部屋が少しずつ透けてく……。
壁が青くなる。やがて、白が混じる
青?
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