第3話

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ルカに出会わなければ、こんな風に外に出たいとか、自由になりたいとか、表の世界を羨むことなんて無かった。 流佳はそう確信している。 裏だろうが、表だろうが、自分は自分だと思っていた。だから裏の世界で今のままで、それ以上に何かを望むなんてことはなかったのだ。 確かに、自身が流佳であるという事実は変えようがない。 しかし、ルカと出会って、ルカの自然な笑顔と真っ直ぐな眼差しを間に受けて、彼と一緒にいたらどんな世界が見られるのだろうかと途端にその風景を見てみたくなった。 この感情が、愛情なのか、友情なのかそれともまた他の物なのか、流佳にははっきり分からない。 ただ、一緒にいたいと渇望している事は事実だ。 なぜこんなにもルカに惹かれるのだろうか。 磁石のS極とN極がビッタンと音をたてながらくっつくのに似ているかもしれない。 離そうとすると、嫌だ、離れたくない。と駄々をこねてまたくっつこうと力が加わる。 そういった学のない流佳にはその理論が説明出来ないように、流佳とルカが共にあろうとする事に理論も理由も説明出来ないのだ。 ふと、腕の時計を見る。 時刻は 20:28。今頃、フランスのパトロンは仕事が終わりホテルに帰ってきて流佳が居ないことに気づいている時間だろう。 部屋に居るはずの流佳がいない。 加えて、荷物等を入れるケースや衣服もない。 極めつけは、リビングの机の上に置いてあるピアスだ。 そこでやっと分かる。今度こそ逃げ出したのだと。 ピアスはパトロンが流佳に与えたものだ。シルバー製でシールドに百合の紋章が入った、ややごついモチーフのピアス。 趣味では無かったが、パトロンがこっちにいる間だけでいいから付けていてくれと渡してきたため身につけていた。 自分のモノ。そういった意味で言っているのだと思っていたが、ルカに言われてそれが超小型の発信機だと気付いた。 よくよく目を凝らさないと気づかないが、ピアスのシールドの平たい部分にうっすらと小型のICチップが埋め込まれていたのだ。 なるほど、これであの時のBARもすぐに居場所が分かったのかと納得できる。 そのピアスとメモ用紙に「ごめんなさい」と一言付けて置いてきた。 家出をする子供みたいな書き置きだが、違うのはもうそこには戻らないということだ。
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