第3話

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フランスのパトロン、彼は何も悪くない。むしろ大枚はたいて流佳を買ったというのに、2度も(まあ、1度目は違うが)逃げられるのだから気の毒である。 だからごめんなさい。だ。 ずいぶん身勝手なごめんなさいだが、それも含めてごめんなさいなのだ。 待ち合わせの時刻は20:30。パトロンがホテルにいない時間帯と流佳の身支度をかけあわせて、可能な時間はそれしかなかった。といっても、流佳の私物は荷物を入れる鞄とその中身の衣類ぐらいしかないため、まとめるのに時間はそうかからないのだが、少ないからこそ物が無くなった事が分かり易い。だから指定日のギリギリまで荷物をまとめる事は出来なかったのだ。 待ち合わせは地下鉄のホーム。 会社帰りのスーツの男性や、これからディナーとも見て取れる男女のカップル、それらをサングラス越しに流しながら見ていると、その奥からカジュアルな服装に身を包んでこちらに走ってくるルカの姿が見えた。 もたれかかっていた体を真っ直ぐ立たせて、こっちだ、と手を振ろうかと思ったが、なんだか大好きな飼い主を待っていた犬みたいで、みっともないからやめた。 「ごめん、待った?」 「いや、今来たところ」 なんだか聞いたことのある会話である。 「ルカ…は、随分と身軽だね」 たった今着いた彼の姿を上から下まで確認して流佳は言った。流佳もこれから家出もどきをするにしてはわりと荷物が少ないが、ルカはショルダーバッグ1つで、傍から見れば遊び帰りの好青年といった感じだ。流佳と同じ行動をするとは思えない身軽さである。 「あ、うん。これから1回俺ん家戻るよ」 「俺ん家?」 「そう。ここは叔父さんの家があって下宿してた、本当の家はコルマールなんだ」 「コルマールって、あのメルヘンチックなところ?」 昔のおとぎ話に出てきそうな色とりどりの花と綺麗な水と美しい建物に囲まれた場所だ。日本の有名なアニメーションの舞台になったとかなんとか。 「なんか馬鹿にしたみたいな言い方だな」 「してないよ!1度行ってみたかったんだ」 「そうか!なら良かった!」 くしゃりと惜しげもなくルカは嬉しそうに笑った。 一度行ってみたいというのは嘘ではない。ただ、ルカとなら、どこへだって行ってみたいという意味だ。一緒に色んな場所に行って色んな人と出会って色んな経験をするのだ。 ルカとならきっと何処へ行っても楽しいだろう。
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