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「すんの?」
遠慮なしで彼に問いかける。
彼は履き古し過ぎた靴を脱ぎ棄てて、
床に踏みしめるたびに、ドシドシと音を立てて部屋の中に入って行く。
「したいの?」
カチャンと部屋の鍵をテーブルに投げたと同時に口を開く。
そんな事を問いかけられたのは初めて。
私をモノじゃなく人として扱ってくれる
目の前の彼に驚いて、胸が熱くなる。
その熱さは一瞬で体中に広がって、気づかないうちに涙があふれ出した。
彼は、一歩…また一歩、
少しずつアタシに距離を近づけて、鼻で笑う。
「何…泣いてるの?」
その言葉と同時に、彼は右手を緩く「ぐう」に結んだ手の人差し指で
一瞬戸惑いを見せた後、
頬に零れ落ちた涙を拭う。
初めて、人の手が…暖かいと…感じた。
*****
「この匂い…何?」
「絵の具の匂い。気持ち悪い?」
部屋の淀んだ空気を追い出すために窓を開けた。
寒い冬の凛とした空気が入ってくるのが気持ちいい。
「絵…描いてんの?」
「んー…下手だけどね。」
彼は、アタシに触れることなく部屋の埃っぽいソファーに座らせた。
淹れてもらったコーヒーを啜るようにして飲みながら
名前も聞かずに、とりとめのない話をする。
それだけなのに、どこか心地よいと感じているのは、
彼の持つ雰囲気のせいだろうか。
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