【本編】48人のマリオネット

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「吸血鬼……人の生き血を啜り生きる悪魔――それなのにどうしてあなたはそんな悲しい顔をしているの?」  少年の細い指束がクラウスの手に遠慮がちに触れた。指に凍てつく寒さを感じた少年が顔をしかめるも、クラウスは全く動じることなく握り返した手を引っ張り上げた。 「……今はここから立ち去るが先決だろう。まさかずっとこのままここに居座る気だったわけではあるまい?」 「ここから出ても……帰る家などありません。  主人の元で待つのは、罵倒です。  見せしめとして仕置きの鞭に叩かれ、翌日からはもっと仕事が増やされ、監視の目がきつくなります」     立ち上がった少年の淡栗の瞳が翳りを見せると、クラウスは観念したように短く息をつく。 「わかった、ここで出会ったのも何かの縁。君の身柄は僕が預かろう。  ……もっとも、君がそれを望むというなればの話だ――」「お願いします!」 「清々しいほどの即答だな」  即座の返答は十二分すぎる程の決意を滲ませていた。あまりの必死さにクラウスは思わず口の端を緩ませる。 「よかろう、たった今から君をこのクラウスの屋敷の一員にしてやろう」  翳りを見せていた亜麻色の瞳が押し寄せる歓喜に輝いた。  繋いでいた手を頼りに、向かいの足場からクラウス側へと飛び移った少年が被るボロ布がはらりと宙を舞った。  薄暗がりの宵空に赤栗色の髪がさっとラインを描いた。被るボロ布の下からきめ細かな素肌が月光に触れて仄かな光沢を放つ。  もの憂げに下弦を描く緩やかなアーチ眉。ぱっちりカールされた長い睫毛の下には、うっすらと滴が滲む。クラウスの姿を真っ直ぐに見つめる透明な瞳は押し寄せる喜びを体現するように爛々と輝き、角を上げる唇は真っ赤に熟れた果実のように瑞々しい。  薄黄味がかった頬に赤みが射しこみ、ふわりとした笑みがクラウスに向けられると、彼の心音は突然、不規則に揺れ動いた。 「!! 君は――女の子……だったのか」 「はい……私はカレン。  綿花プランテーション農場から脱走した奴隷でございます、クラウス様」  カレンはクラウスの瞳が一瞬だけ強張ったことに気付いたのだろう。 「女では……いけませんか?」 「…………いや。  大丈夫だ。忘れてくれていい」  心配そうに覗き込んでくるカレンを前に、クラウスは首を左右に振った。  
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