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黒羽が一面に広がる闇夜のパレットを渡っていく。轟音を奏でながらひたすらに目的地へと突き進む蝙蝠の羽は、人型を保ったクラウスの背から突き出たもの。
「わぁ、すごい!
夢みたい、私、空を飛んで――」
腰部に乗るカレンは身体に巻き付けた白布の端を靡かせながら手を広げる。下方に拡がる黒い大地に金月の光が降り注いでいく。遠くの綿花プラントや原野の草波が銀葉の海に変わる。
不意に上空に強い風が吹き、カレンは「きゃっ」と小さく悲鳴をあげる。煽られた長い髪を押さえ、もう一方の手指は眩い光を放つクラウスの白銀の髪の端をそっと握った。
「クラウス様、消えてく……綿花プランテーションがあんなに遠くに……!」
「…………世界は広い。
君は君自身を縛り付けていた世界から解き放たれ、こうして新たな人生を歩もうとしている――それでいいのではないか」
「うん…………いい」
「ならしっかり掴まっておけ。速度を上げる」
カレンは真横に零れていく水滴を堪えるようにクラウスの背にきつくしがみついた。
星空がいつもより近い。渦巻く銀河、輝く無数の星々。二人を見守るように柔らかい光を落としていくシャインゴールド。
クラウスはしがみつくカレンの身体が小刻みに震えていることに気付いていた。
「……振り落とされるなよ、カレン」
風の道を潜り抜け、西に進路を進めていた獣羽が力を弱めたことで、カレンは伏せていた顔を上に向けた。
ミズキの樹木に囲まれた荘厳なる白亜の居城が聳えていた。宵の上弦から立ち込める蜃気楼のような霧が薄ら広がる陰気漂う孤城の周囲は、生物の拍動を失っていた。黒くしっかりとした根を地中に張る青々とした見事な樹木や囲い塀には蔦が吸い付くように生い茂っているにもかかわらず。
不気味な夜の城に降り立ったクラウスはカレンの手を引き、エントランスのポーチの段を上がった。ブラケットキャンドルが独りでに灯を点したことで、カレンは眼を瞬かせる。
クラウスが蝙蝠のドアノッカーを数回鳴らすと、木目色のドアは軋みを奏でながら内側に開かれた。
中からダークネイビーの髪、片目にスペクタクルを掛けた長身体躯の紳士が現れ、扉前に悠然と立つクラウスに向けて恭しく頭を垂れた。
「お帰りなさいませ、クラウス様」
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