第十九章

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「毛利を叩いたところで、何が変わる。薩摩も土佐も黙ってはおらぬ。薩摩は京を退いてはおらぬぞ」  ハッとする。  ――そうだ。薩摩軍はこの戦に加勢しただろうか……  あたしは消えかけていた歴史の知識を紐解こうと、読んだはずの小説を片っ端から思い出そうと試みた。 『無駄だ。お前の知識がどうであろうが、この今の京に、反乱を起こすに十分の薩摩兵も公家もいる。その事実は変わらん』頭の中で土方があきらめにも似た言葉を吐いた。 「つまり、今ここで長州をねじ伏せても何も変わらぬと……」思わず口にしたのはあたしだ。  直答した土方の無礼に、近藤が息を呑んだ。が、近藤や藩の偉いさんの狼狽えなど無視するかのように、殿様も直にお答えになった。 「そうだ。この戦で幕府軍が勝とうが負けようが……もちろん、敗けてもらっては困るがな」脇息に肘を預け、斜に構えた。「これから起こる戦は、あくまでも毛利家と徳川家の戦じゃ。我らは京を動いては行かぬ。この都を制するものが日本を制す。ここには帝がおわすことを忘れるでない」  ――すでに今の長州は毛利家ではない。確か……そうだ。  総司が斬ることなく逃がした高杉を思い出す。 「長州は高杉が掌握しております」あたしは尚も直答した。 「だが、京にはおらぬ」  あくまでも守りは〈京の都〉であるのだ。殿様は冷たくあしらうように答えた。 「ここでおぬしらが幕府軍に加担したとせよ。京に残った薩摩や長州兵も立つであろう。それこそ、動乱の世の始まりとなる。それのどこが京の為になると言うのだ。よう、考えよ。近藤よ」
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