第十九章

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その夜、土方は近藤の休息所で酒を飲み交わしていた。 「なあ、トシ。聞こえねえか」 ちびりちびりと舐めるように濁った酒を口に含む。 「何が」 あたしの耳に聞こえるのは虫の声だけ。 もちろん土方の耳だが。 美しい妾はまだ二十を少し過ぎた位か。土方と目を合わさぬよう、そっと酒の肴を載せた膳を横に置くと、隣の部屋に下がって行った。 今はその衣擦れの音が耳に残る。 冷酒を湯のみに注ぐと、近藤はぐびぐびと喉を鳴らして飲んだ。 『オイオイ、大丈夫か』 土方が心の中でつぶやく。 ――何が聞こえるというのだろう。 「わしにはよお、幕府崩壊の音が聞こえるのさ」ぎらりとした目は、酒のせいか充血している。 土方が酒とともに唾を飲む。 近藤がこんなふうに、幕府について弱音とも取れる発言をしたことは無い。自分の不甲斐なさや幕臣個々の働きについて愚痴を漏らしても、彼はひたすらひたむきに幕府を信じてついて来たのだ。 勤王を掲げてはいるが、その心の奥は、徳川幕府への忠信が占めていた。 ――これがこの男のの本音か?
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