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「蝶子(ちょうこ)、俺思うんだけど、次のエースはやっぱり、優だろうな。すげえよ優は。センスある」
部長の中島康太(なかじまこうた)は優のプレーに感心していた。
優の姉、大磯蝶子(おおいそ ちょうこ)は耳を疑い、もう一度、中島の顔をしげしげと見つめた。
男子テニス部と女子テニス部は一緒に練習を行う。今も1年生の男女がペアとなり、戦っていた。
「フォーティーラブ」と審判役の部員が大声で叫び、優のチームは難なくゲームを制するようだった。
中島に言われずとも、優のプレーが素晴らしいことぐらい蝶子には分かっていた。
硬式テニスを始めてまだ2ヶ月しか経っていないにも関わらず、優は相手が嫌がりそうな場所へ打ち返すのが上手い。そして、しばらく打ち合った後に、隙をついてボールを手前に落とす。心理戦も一枚上手だ。
蝶子はキリリと自分の唇を噛んだ。
「蝶は蛾になれないのよ」
「なにそれ。どういう意味?」
休憩時間、蝶子は自分の気持ちを抑えきれず、優に話しかけた。
「私はアンタみたいに汚い手は使えない。泥臭いプレーはできない」
蝶子は、スポーツドリンクを飲みながら座っている優の隣に立ち、ピンと張られたネットを見つめながら言った。
「蝶子の方が、昔からなんでも上手かったじゃん」
「でも違う。テニスだけは」
蝶子は昔からなんでも良く出来た。勉強もスポーツも。
対する優は要領が悪く、スポーツも苦手だ。
だが、何故かテニスだけは学年で一番成長が早い。
一方で蝶子はテニスだけは苦手だ。
これまで出た試合は一度も勝てたことがない。
今度の6月8日から始まる関東大会ですら、出場の予定はない。サボっているのではない、土日も休まず練習している。でも、センスが無かったのだ。
それに加えて、蝶子が最も認めて欲しい人――康太――に、優が認められることが悔しかった。康太の興味が自分ではなく、優に向けられていることが。
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