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「じゃあ、気をつけて。遅くまで付き合ってくれてありがとう」
ハザードランプを点滅させ、改札口に下りる階段の手前で車を止めた彼が微笑みを向ける。
「うん、こちらこそありがとう。フラペチーノごちそうさま。先生も今度飲んでみてよ、フラペチーノ。氷の粒がシャリシャリってしてて美味しいからっ。先生にお勧めは抹茶クリームフラペチーノ!」
私はシートベルトを外しながら、ハンドルに両腕を乗せて微笑む彼に弾んだ声を掛けた。
「抹茶クリーム…それはまた甘ったるそうで…。りんに飲ませてそれを一口貰うよ」
甘いのが苦手な彼は微苦笑し、帰り支度をする私を見つめる。
「じゃあ、先生、またね…」
後ろ髪を引かれる思いを心の奥に押し込めながら、私は口端を引き上げた。
「うん、また。…元気でね。仕事、頑張れよ」
先生は握手を求めて手を伸ばし、柔らかな笑みを向ける。
私はゆっくりと彼の手を取り、伝わる彼の温もりを忘れぬようにと、大きな手を握り返した。
「…来年も、この時期に地方学会が開催される」
囁くような声で、彼がポツリと言葉を落とした。
「え?……そう」
誰に言ったようでも無いその平坦な声を聞いた私は、その意図が分からず、きょとんとして何気ない返事をしてみた。
「場所は同じ国際会議場。…来年も俺、来るから」
握り合った二人の手を見つめながらそう言葉を繋げた彼は、大きく深呼吸をした後、私に顔を向け意味有り気ににっこりと笑った。
先生?…それって…
水島先生、しばらく会わないうちに本当に素敵な大人の男性になって。
―――悪い人ね。
心の内でクスッと笑い、
「へえ~、そうなんですか」
わざとらしくとぼけたふりをした後、頬を緩ませはにかみながら頷いた―――。
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