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☆☆☆
何もかもを思いだした。
ふ、と目が醒め、外の景色を見ると相も変わらず山を後ろに据えて車窓は動きつづけていた。
アルベルトの言葉が、このソグネフィヨルドの大自然が思い出させてくれた。
道とは、受け入れること。
受け入れることとは。
「本当は知っているよ」
隣のアルベルトは何も返さない。まだ眠っているのか。聞き耳は立てているのか。
「俺があの日に失ったのは、指輪だけじゃない」
無音、無音、無音。
マルクスとアルベルトの周囲にはモヤがかかったように抽象的な吐息と空気が占領し、二人だけの空間ができあがる。
本当は知っているよ。
右手を取り戻す方法。
「だから、俺はもう大丈夫だ。アルベルト」
「本当にか?」
「ああ」
「もう無銭飲食しないな?
「ああ」
「日本のあいつにも手紙を出しとけよ」
「ああ」
「お腹はすいてないか?」
「お母さんかよ」
「Jeg vet ikke glemme meg?」
「Jeg elsker deg, som en venn, som tilstedevarelsen av mer enn venn」
「本当に、ゴメンな」
「らしくねぇなマルクス。お前は何もしちゃいないだろ」
取り巻いていた曖昧な景色はすべて消し去り、再び、列車がレールを弾く規則的な音と、広大な森林浴の匂いと、清流の青と空の青が映る。
それは、今まで見てきた景色のどれよりもまぶしかった。
「おい、見てみろよアルベルト」
マルクスが景色を見るよう促すが、彼の隣は、ただ穏やかな陽が照らすシートだけだった。
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