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船の発着場から移動して10分。
フロムの村内のカフェで、時間という概念を掌握したかのような、気が遠くなってしまいそうなオーケストラを片耳に二人は昔話に盛り上がる。
「懐かしいな、日本人の転校生。あいつ、まだ元気かな」
「マルクス、あいつを誰だと思ってんだよ。モストオブジャパニーズだぜ。元気じゃないわけがないだろ」
天井で回るファンが思い出をかき混ぜ、卓上のアイスコーヒーが記憶に芳香を添えていく。マルクスが注文したグラスの氷が融けだし、カラン、と澄み切った音がした。
「それで、本題に入ろうかマルクス」
空調は快適だった。それでもマルクスはトレンチコートを脱がなかった。その理由についてはアルベルトも理解している。
時として、布は、最高の隠れ蓑として機能するからだ。
「まぁ、結論から言うと、まだ俺の右手は見つかっていない」
マルクスがトレンチコートの右腕をまくると、 ありふれた感性の一般人は驚愕するだろうし、ひねくれた学者はタネを探すであろう、文字通り「手品」のような光景が広がる。
背景に溶け込む。マルクスの腕と外気の間にグラデーションがかかっているかのように手首から上にあるはずの右手はなく。
「あいかわらず見えないんだね」
「いきなり現れても驚くだろ?」
「僕はそれでもかまわないよ」
「……Ikke en grel」
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