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◆◆◆
そうして戻ってきたのはソグネフィヨルドの船着き場。
時刻はもう草木も眠る夜中。
港の電灯は全て消え、フェリーも明日の運航に備えて川の緩やかな流れを受け止めながら水面に鎮座していた。
雲ひとつない月夜に映える藍色は、星のきらめきをまとったドレスのようであった。
「道、とはなんなのでしょうか」
「は?」
「今日、このフェリーに乗っている時、ある老婆に訊ねられた言葉だよ。アルベルト、お前はどう思う」
「風変わりな奴に好かれるのは昔からなんだなマルクス。日本人の転校生の時も……」
「その話はよしてくれ」
「道か。道ね」
夜風に吹かれ、アルベルトの茶髪は小刻みに揺れる。深夜の森から香る匂いは、どこか冒険心がくすぐられるような、無償にリスクを欲したくなる本能が少し目を覚ましそうな気がした。
「受け入れる、ことかな」
水で薄めたインクみたいな不完全透明の清流に、マルクスはそこにはない自分の右腕を差し込む。
水面が円筒状の波紋を広げ、何一つ抵抗せずに彼の右手を飲み込んだ。まるでその清流自身は見えない右手が見えているかのような。
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