本編

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「そうやって手探りで探していくのかい?」 「今、お前がいっただろ。道とは受け入れる事だって」 受け入れる。現実を現実と認識し、これからの付き合いを決意していく。それはつまり、 「見えない右手と生涯付き合っていくという意味なんだね」 「俺の右手がこうなったのはあの時。大事な指輪をこのソグネフィヨルドの川に失い、目の前の現実から逃避した。忘れ物なんだよ俺の右手は。時を刻んで呼吸を繰り返す、本来の現実世界に置いてきちまったんだよ」 「だから、もういくら探しても指輪は見つからない。マルクスは今から無益な時間を過ごし、右手はもう戻らない既成事実を受け入れる」 「言ってしまえば、俺なりのケジメだよ。俺は俺自身が形成したカリソメの世界で生きる決意表明だ。それで俺は」 「良いわけがない」 しんとした真夏の大気が二人の空気感を希釈。さらさらと流れる水流が蒸し暑さを冷化して、張りつめているのか分かち合っているのか曖昧とした倒錯的情景を作り出した。 マルクスのトレンチコートは水に濡れている。 「良いわけがないんだよ、マルクス」 「俺の私情に付き合わせたのは悪いと思ってるよ」 「そうじゃない!!」
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