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「君はどうしてここに来た。どうして道という意義を問われた。どうして僕に出会った。どうしてカフェで僕にアイスコーヒーをおごらせた」
「じゃあどうしろってんだよ!! 右手がない原因はわかってんだ!! でもそれを取り返す方法がないんだ!!」
--頭(こうべ)を上げよ、雄々しき児(こ)。
たとえ一つや二つの望みが砕けようと、じきに新しい望みがお前の目をまたたかせて、あの高みから光がさしてくる。
それは幻聴だったのかもしれないし、アルベルトの声だったのかも今となればわかる人物はいない。その声は、詩人ビョルンスティエルネ・ビョルンソンの言葉は水面と岩肌に乱反射し、森が吸い込み、山びこをなびかせ、ドラの鐘が響くようにマルクスの脳内を跳ねまわる。
一度きりの人生を無駄にするな。マルクスにはこうも聞こえた。
アルベルトが続いた。
「八方塞がりってのは、自分を真上から見たときの塞がり方なんだ」
「日本人のあいつが言っていた言葉か」
「どこか他人事のようにしか見てないから八方しか見えていないんだ。主眼を置きかえろ。自分が塞がれている立場からの世界なら」
『上があるだろ』
懐かしかった。このにやけた面を見せ合うのも、意志が表情だけで疎通し合えるのも。すべてがマルクスには懐かしかった。
ソグネフィヨルドの夜は。
二人の深呼吸。
月と緑の森。
あの時の星空は太陽も嫉妬していた。
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