本編

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                           ☆☆☆  誰か、誰かあの子を。  鉄と鉄が触れ合うような音にマルクスは耳を塞ぎたくなるが、それが人の声と声で発せられているものと知ると、聞かずにいるのも勿体なく感じた。今後の人生で、ここまで人が必死に叫ぶ様を見ることができる日があるのか。  走って、駆けて、疾っていく。騒がしいし、うるさい。  それなのに、この自身に芽生える好奇心という悪魔。  見えない誰かに指しむけられた。誰も知らない誰かに導かれた。僕は悪くない。マルクスは耳を塞がず、このざわめきに耳をチューニングして、目を閉じる。  集中力というぼんやりとした概念を凝縮するよう意識して、精神世界の窓を開ける。  しかし、その見解が最大の、彼にとって今後における最大の障害として立ちはだかることになる。  はじけ飛ぶように光っては消えるパトカーの回転灯。雑踏からのざわめき。そして、女性の声。  彼が最も人間らしくて人間らしくない才能がアドレナリンをぶちまける。鈍痛に似た耳鳴りの後に共鳴する「誰かの声」。それは他の誰でもない、彼の洞察力が生み出した女性の心の底の叫び  神よ。この子は何を探していたのですか。  神よ。何故この子は水難に遭わねばならないのですか。  神よ。何故この子の笑顔を私に見せてくれないのですか。  神よ。何故この子は母である私の名を呼ぶことなく死にゆかねばならぬのですか。  神よ。神よ。神よ。 --誰が、この子を殺したの?
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