1.噂

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 夏休みが明けて早々、坂城杏(さかきあんず)の通う学校ではある噂で持ち切りだった。 「なんでも願いが叶うお守り?」 「そう!杏知ってた?」 「んーまあ……」  朝のHR前の時間は生徒が自由に動き回ってとても賑やかだ。かくいう杏もその1人。目の前で鞄の中身を机に詰め込んでいる親友を前に、持っていた参考書をパタンと閉じた。1時限目は数学で、今日は小テストがある。小テストといっても侮れない。杏の通う高校は日々のテストも成績に十分影響するのだ。  親友の席は廊下側の1番前の席で、杏はその机に腰をかけていた。参考書から親友へと視線を移すと、頬杖をつきながら不満げに頬を膨らませている。 「えー!なんで曖昧なのよー」  茶色の髪にはウェーブがかかり、肩の位置でふわりと揺れる彼女は長城万里(ながしろまり)。生徒指導の先生には「髪を染めるな、パーマをかけるな」と口うるさく注意されているが、これは根っからの地毛で天然モノだ。  対して杏は真っ黒の髪を頭のてっぺんでお団子に結んでいる。この髪型は生徒指導の先生に文句を言われることはなかった。万里は制服の赤いリボンの端をくるくるといじって口を尖らせている。 「ごめんって。それで、その噂がどうしたの?ていうか、その噂を知らない人の方が珍しいでしょ」 「たしかにー」  あははっと、明るく笑い飛ばす万里はクラスでも中心的な人物で、笑い声だけでクラスの視線を集めていた。クラスメイトは話しかけようと近寄るが、杏を見ると眉を寄せて席へ戻っていく。  この光景はもはや日常で、杏は気にしないようにと努めていた。万里は周囲の雰囲気を気にすることなく机からむき出しのルーズリーフを1枚取り出した。
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