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プロローグ
「ごめん。
おれ、夏丘のことまで考える余裕ない」
通っている高校の、卒業式の日だった。
クラスメイトとの最後の交流を済ませたあとの、
帰り際。
同じクラスの夏丘花見(なつおかはなみ)に、
おれは突然呼び出された。
人の気配がない校舎裏まで連れて行かれたおれは、
桜の花びらがひらひらと舞い散る中、
彼女に好きだと言われた。
おれより数センチ背が高くて、
すらりとした身体つき。
人見知りをせず、
人なつこい顔つきをしていて愛想がよかった。
女子と打ち解けることを得意としないおれにとって、
夏丘は素直に言葉を交わすことができた唯一の女友達だ。
正直言うと、
おれも多分、好きだったと思う。
告白されて、うれしかった。
けれどおれは、
自分が恋愛とは無縁の立場だとわきまえていた。
だから、断るしかなかった。
おれの生活事情を知っている夏丘は、
素直にうなずいてくれた。
持ち前の明るさで、
またいつか会おうと言った。
おれも、ありがとうと素直に気持ちを伝えた。
おかげで妙なわだかまりもなく、
穏やかに別れることができた。
おれは、素直に認めてくれた夏丘に感謝した。
一方で、ささやかな後悔が胸をもたげた。
夏丘には、
とても悪いことをしたという思いがあったからだ。
大切な女友達だった。
きっともう、
二度と会うことはないだろう。
高校の卒業式は、
おれにとって苦い思い出にとなった。
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