Act.1

1/12
15人が本棚に入れています
本棚に追加
/151ページ

Act.1

その日、四月も目前だというのに、 外気はまるで冬のようだった。 このあいだの春の訪れなど、 一掃してしまったかのように肌寒い。 吐く息は白くくもり、 風が吹くと肌を刺すようだ。 体感温度はかなり低い。 露出した部分の肌は、 皮膚が裂けるかと思うくらいに痛んだ。 感覚さえ麻痺しかけていた。 上空に強い寒気がせり出しているとかで、 今日は二月上旬並みの厳しい寒さだと、 今朝の天気予報が言っていた。 おれはそれを、 頭の片隅でぼんやりと思い出した。 冬を彷彿とさせる、 灰色に染まった重苦しい空。 その下で、 厚手のジャケットのポケットに両手を突っ込み、 何重にも巻いたほつれかけのマフラーに 顔半分を埋め込む。 しみるような寒さに震えながら、 おれは歩いた。 スニーカーの底が、 アスファルトの冷たさを直に伝えてくる。 あとすこしだと 自分を励ましながら歩いていくと、 ぴたりと閉じられた鉄柵の門が 突きあたりのところに見えた。 そこまでは普段と変わらない光景だ。 だから何も疑わず、そのまま歩き続けた。 「パパ!」 すると、 小さな子供の声がした。 ふと見ると、 門のそばにぽつんと子供が立っている。 四、五歳くらいだろうか。 丸みをもった頬は寒さで赤く染まり、 あどけないどんぐりのような丸い目が、 無邪気な瞬きを繰り返している。 きょとんとしたままの子供は、 そこから足早に遠ざかろうとしている 一人の男を見つめていた。 反射的に、 おれは見たくないと思った。 一瞬、足がすくんだ。 遠ざかっていく背中は、 視界の中で徐々に小さくなっていく。 「パパ!」 子供の声で、はっとなった。 ぼうっと突っ立っている場合ではない。 おれは、 ぶら下げていた買い物袋を放り出し、 駆け出した。 「ちょっと待った!!」 俺は叫び、 足早に去ろうとした男の腕を がっしりと捕まえた。 男は突然のことにびっくりした様子で、 おれを振り返った。
/151ページ

最初のコメントを投稿しよう!