Act.1

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背は見上げてしまうほどに高い。 着ているものは上質の黒のダウンジャケットで、 掴んだ手首には 高そうなぴかぴかの腕時計が嵌まっている。 ショート丈の革ブーツは艶めき、 黒のブロックチェック柄のパンツを合わせていた。 服装にはかなり気を遣うらしい。 どう見ても、 生活に困っている様子は見受けられなかった。 男は度肝を抜かれた様子でおれを見ていた。 この季節だというのに 顔を隠すためなのか知らないが、 色の濃いサングラスを掛けている。 年齢的に、恐らくまだ若い。 二十代半ばあたりだろうか。 その妙な男が、 まだじゅうぶん幼い子供を、 おれの目の前で置き去りにしようとしていた。 「あんた、あの子の親だろ!? 置いて行く気か!? 人でなし!」 おれは、噛みつくように叫んだ。 子供が立っている鉄柵門の向こうにあるのは、 養護施設だ。 そこでは、親のいない、 または事情があって一緒に暮らせない大勢の子供たちが、 共同生活を送っていた。 おれもかつてはその中のひとりだった。 小学生になる前、 母親に施設の前に置き去りにされた。 それからはずっとここで暮らし、 高校生からは学生寮に入って三年を過ごした。 今日は、 今でも懇意にしている施設の職員さんから 買い物を頼まれたので、その帰りだった。 そこで運悪く、 最悪な場面に出くわしてしまったというわけだ。 男はしばらく無言で、 おれを値踏みするようにじっと見ていた。 驚くでもなく、うろたえるでもなく、 何か言い訳を考えているのか、 サングラスをかけた表情からは読み取れない。 おれは苛立って、さらに言った。 「あんたのしようとしたことは最低で非常識だ! まだ小さいのに、 酷いことをしていると思わないの!? 自分の子供だろ!」 男はすっかり唖然とした様子で、 すこし間をおいてからぽつりと言った。 「俺には、育てられないんだ」 覇気の感じられない、かすれた声だった。 当人にとっても、 おそらく苦渋の選択だったのだろう。 それでもおれは、 同情する気にはなれなかった。 当然だ。
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