Act.1

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「事情は知らないけど、 親なら子供を育てる義務があるんだ。 誰にも相談せずに勝手に手放すのは、 絶対だめだ。 親として最低の行為だぞ。 絶対にダメだ……!!」 男は、 今度はあきらめたように溜息を吐くと、 慣れたしぐさでサングラスをはずした。 現れた素顔は、 きっと女受けするに違いないと思うほど整っていて、 男のおれでさえも息を呑むほどだった。 ゆるいクセのある柔らかそうな髪が、 冷たい風に吹かれて眉間と頬にこぼれ落ちた。 「きみは、高校生?」 「そうだ。 四月からは一応、社会人だけどな」 「そうなんだ。 ふうん……」 値踏みされているようで、 おれは居心地の悪さを感じた。 相手には妙な存在感がある。 こうして向かい合っているだけで、 落ち着かない気分になった。 今すぐにでもこの場から去りたいと思った。 しかし、 こうして片足を突っ込んでしまった以上、 この状況を放っておくわけにはいかない。 気がつくと、 置いていかれそうになった子供が 父親の脚にすがりついていた。 男は、 子供の頭を大きな手で優しく撫でる。 そして、 辛そうな表情を浮かべて言った。 「良かったら、 すこしだけ話相手になってくれないかな? お茶、おごるから」 じょ、冗談だろ……? そのセリフが口から飛び出そうになったが、 おれは慌てて呑みこんだ。 それでもはっきりと狼狽(うろた)えて見せながら、 気が進まないとささやかにアピールした。 「それは……」 「お願いだ。 きみがいいと思ったんだ」 マジか……。 面倒なことになったと思った。 施設の職員を呼んでこようかと提案しようとしたが、 おれ指定で懇願されては断りづらい。 精いっぱい悩み、やがてあきらめ、 不貞腐(ふてくさ)れたように頷(うなず)いてやった。 せめてもの反抗心だ。 「ちょっとだけなら、いいよ。 けど、おれと話しても何の解決にもならないと思う」 「いや、十分だよ。 ありがとう」 ほっとしたように微笑した男は、 何げなく浮かべた笑顔にも魅力を感じさせた。 何か特別な仕事をやっているのだろうかと、 おれは思った。
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