Act.1

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施設のあるところから 徒歩五分くらいのところに私鉄の駅があり、 その付近にあるカフェに入った。 日曜日の夕方にさしかかる頃だった。 店内にはあらゆる年齢層の客がいたが、 混んではいなかった。 すぐに席を確保できた。 おれは、 クリームたっぷりのキャラメルマキアートと、 チョコレートパイ、 フォンダンショコラを頼んだ。 何でもないまったくの他人の、 それも年上であろう大人の男の人生相談の 相手になってやろうというのだ。 これでも足りないくらいだと思った。 「甘いの好きなんだね」 すこし驚いたように言った男の手には、 ホットのブラックコーヒーがひとつ。 自分の子供には、 オレンジジュースを買ってやっていた。 「生活が厳しくて贅沢(ぜいたく)できないから、 普段は甘い物なんて買わない。 四月から働くから、 給料もらったらチョコレートを山盛り買うって 決めてるんだ」 すると、男はおかしそうに笑った。 「初給料でチョコレートを山盛り? なるほど。 で、どんな会社? 進学はしなかったんだね」 フォンダンショコラにフォークをぐっさり突き刺し 切り分けながら、 おれは答えた。 「配送業だよ。 最初は荷物の仕分けとか積みこみとか、 簡単な業務ばかりみたいだけど。 高卒で入れるところなんて、 たかが知れてるしな。 これから一人暮らし始めるし、 兄貴の生活費も稼がなくちゃならないから、 はやく働きたかったんだ」 フォンダンショコラの しっとりとした甘さに感動しつつ、 となりのチョコレートパイに手を伸ばした。 バターを何層にも重ねた生地の中に、 控えめな甘さの板チョコを包んで焼きあげたパイも、 また絶品だった。 甘党のおれは、 すっかりそれらに夢中になった。 「……兄貴の生活費って? 一人暮らしをするって言ったよね? 親は?」 相手がいくつも疑問を抱くのは、 当然だろうと思った。 だけど、 何でおれの方がプライベートを暴露してるんだ。 立場が逆転しているような気がする。 舌の上でとろける甘さを噛みしめつつ、 おれは向かい側の相手をにらんだ。
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