Act.1

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「っていうか、 おれのことはどうでもよくない? 話をしたいって言ってきたのは アンタのほうだろ」 貴重な時間を割いてまで こうして付き合ってやってるっていうのに、 この男はまるで状況を理解していない様子だった。 自分の子供を、 無責任にも施設の前に置き去りにしようとしたやつが、 まるで罪悪感など感じていないようで、 何となく腹立たしかった。 男はそうだったと気づいたようにつぶやき、 苦笑した。 おれは一瞬、 殴ってやりたいと思った。 だけど相手は、 今日偶然会っただけの他人で、 子持ちの大人だ。 そんなことをするわけには当然いかないので、 あとでチョコレートドーナツとチョコレートブラウニーを 追加して許してやると決めた。 「ごめん。 俺ばかりが訊いてたら、 おかしいよね」 「アンタが困っている理由をさっさと言え。 おれだって時間は惜しいんだ」 「その前にこれだけは教えてくれる?」 「何」 「名前。 俺は、松浦琉生(まつうらるい)。 こいつは愁太(しゅうた)」 「……椎原(しいばら)」 「下の名前は?」 なんだ、こいつ。 別に姓だけでもいいじゃないか。 友達になったわけじゃあるまいし。 おれはむっとした。 松浦琉生というこの男は、 期待をこめた眼差しでおれを見ている。 おれは言葉に詰まった。 どうみても、 ここは名乗らなきゃいけない雰囲気だ。 拒否する理由を見つけられなかったおれは、 乱暴に視線を逸らし、つぶやくように言った。 「……ふたば」 「え?」 「だから、双葉!」 突きつけるように白状すると、 松浦琉生は一瞬きょとんとした。 おれはぷいとそっぽを向いた。 ”双葉”なんて、 まるで女みたいな名前だと思っているからだ。 もっと男らしい名前がよかった。 ガキの頃、それでよくからかわれたから、 いまだに自分の名前は嫌いだった。
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