Act.1

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「いいじゃない」 「はあ?」 不快さをあらわに視線を寄越(よこ)すと、 松浦琉生は頬杖をついて言った。 「似合ってると思って。 滅多に聞かない名前だし、俺は好きだな」 なんだ、こいつ。 おれは唖然として相手を見た。 自分の名前を名乗った時、 たいてい相手の方からは 男なのに可愛い名前だと言われる。 おれにはそれが屈辱的で、 名前を言わなきゃならない時は本気で苦痛だった。 だから今回のことは初めてだった。 そんなふうに 素直な感想を相手から聞いたのは。 「双葉くん、か。 もしかして兄貴のほうも似たような感じ?」 「……一葉(かずは)」 何となく流されて、 おれは答えてしまった。 うっかり正直に答えてしまった自分自身が、 信じられなかった。 松浦琉生は、 感心したように眉を動かした。 「へえ。 いいなあ、兄弟。 俺、一人っ子だったからさ。 ガキの頃から兄弟いたらいいなって 思ってたんだよね」 「ふうん。 おれは一人っ子のほうが負担も軽くて よかったと思うけどな」 言ってしまって、はっとした。 慌てて横を向き、口をつぐむ。 しまった。 言ったことは本音だった。 しかし、そのことは決して 口に出すまいと決めていたのだ。 一葉が聞いたら、きっと悲しむ。 おれは、 申し訳ない気持ちでいっぱいになった。 「それって、 兄貴の分も稼がなくちゃならないから?」 ダイレクトに指摘されて、 おれは言葉に詰まった。 これからのことを思うと正直、 憂鬱(ゆううつ)だった。 果たして自力だけで 困らない暮らしができるのかどうか、 不安でたまらなかった。 おれは横を向いたまま、 答えられなかった。 松浦琉生の指摘が、 まさに答えだと言っているようなものだった。
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