2人が本棚に入れています
本棚に追加
「今日はもう終わりですか?」
「…はぁ~。」
「もし良かったら、これから見学に来ませんか?
俺の下宿先。」
「へ?」
つい6時間ほど前の出来事をすっかり忘れていた。
でもこの人は、あの話を本気でしていたらしい。
私、バイトするって一言も言ってないのに。
正に周りが見えていないといった感じだ。
「あの!
私たちこれからやらなきゃいけないレポートがあるので、
他の人あたってもらえますか?」
警戒心たっぷりの目で
これまでのやり取りを見ていたゆかりが、
口を開く。
「あ、、、そうですよね。すいません。」
自分だけ一方的に盛り上がって
話をしていることに気付いたらしい。
一目見てわかるほど、落ち込んでいる。
何だかかわいらしい。
「明後日なら、午前中で講義が終わるので。
その後で良かったら時間ありますけど。」
「まぁじっすか!?」
まるで花が咲いたように、
彼は私の一言でさっきまでの笑顔に戻った。
「じゃあ、明後日!水曜日!
午後1時に西門の前で、待ってます!」
「はい、わかりました。」
嬉しそう。
頭にはピンと立つ耳、
お尻からはフサフサの毛が生えている尻尾が見える。
もちろんその尻尾は、勢いよく振られている。
そういえば、昔近所にこんな犬がいたような気がする。
「それじゃあ、失礼します。」
深々とお辞儀をして、
今度はかけ足でまた最短距離を戻っていく。
つい6時間前に思ったことを思い出した。
「嵐みたいな人だったね。」
私が笑っていると、
ゆかりの眉間のシワはますます深くなっていく。
「ねぇ、本気で行く気なの?」
「だって、新しいバイト探さなきゃだし。」
「それにしても怪しいでしょ、あの男。
第一、何のバイトか聞いてないし。」
「あー、忘れたね。」
「名前は?」
「…忘れたね。」
私の笑いは止まらない。
ホントに大丈夫なの?とゆかりは聞くけど、
そんなに心配になる要素がどこにあるのか、
わからなかった。
私には、そんなに悪い人のようには見えなかった。
最初のコメントを投稿しよう!