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彼が住む下宿先は、
電車で2つ目の駅で降りて、
南へ少し歩いたところにあるらしい。
その電車で2つ目の駅というのが、
私のアパートからの最寄り駅だった。
「そうなんすか?じゃあ通うのは問題なさそうですね。」
彼は、人と話すのが苦手なんだろうか。
そうは見えないけど。
気まずい雰囲気でもないし、仏頂面なわけでもない。
むしろ、笑顔だ。
笑顔なんだけど、どこかぎこちない。
「あ、もうすぐですね。」
窓の外を見て、彼が小さく呟いた。
あぁ、そうか。緊張してるんだ。
それが隣の私にも伝わってきているのか、
あまり口を開けない。
そうこうしているうちに駅に着いて、
彼は改札を出て左に曲がる。
ここまでは普段と一緒だが、
駅を出て最初に見える横断歩道を渡らずに、
左に曲がる。
私のアパートは、
この横断歩道を渡って右に曲がり、
ひたすらまっすぐ5分ほど歩いた場所にある。
こっちの方は、
スーパーやコンビニなどはほとんど見当たらない住宅街で、
ここに越してきてから一度も来たことがない。
湿気が多いのか、今日の空気はジメジメしている。
まとわりつく汗をタオルで拭いながら、
少し前を歩く彼についていく。
もちろん、会話はない。
「暑いですね。」と、
世間話にもならない言葉は交わしたけれど。
見たことない景色がずっと続いていて、
迷路に迷い込んでしまったような気さえしてくる。
同じような建物に飽きてしまって、
彼の足下を見ながら歩いていると、
急に彼の歩調が早くなる。
「見えてきた!あそこです。」
何となく下宿と聞くと思い浮かぶのは、
祖父母が住んでいたような田舎の、
和風というか、これぞ日本!みたいな家だったのだけれど。
「で、でかっ。」
予想とはまったくの別物に、自然と大きな声が出る。
彼が指さす先には、
豪邸といっても過言ではないほど、大きな家。
いや、これを豪邸というのか?
自然と足が止まる。
開いた口もふさがらない。
家を囲んでいる少し高い塀を見る限り、
その敷地自体が広いらしい。
一体、どんな金持ちが住んでいるんだろう。
そもそも、こんなところでバイトって何が……。
もしかして、メイドとかそういう類?
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