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血を流して倒れているふたりの後始末を
すべて、やってくれたのだ。
あわてて、扉を押さえて
「森脇さん、ありがとうございました」
と叫ぶ。
白い表情のない顔は、作りもののようだ。
「いえ」
僕は頭を下げたが、扉はいっこうに閉まらない。
彼が外から開閉ボタンを押しているようだった。
頭を上げると、森脇さんは相変わらずの無表情で
「こちらからご連絡します」と、言った。
「え」
「仕事のことで、お話をすることがあるでしょうから」
「ああ、はい」
「では、また」
穏やかに口角があげられたが、
眼鏡の奥から送られる彼の視線は鋭く、僕を刺した。
その様子を横で口をはさまず見ていた藤井さんは、
エレベータに乗るなり、しゃがみこんだ。
「こええ」
「当然のことをしたから」
「いや、そうだけどさ。
穏やかな紳士が怒ると、すげえな。
なーんも声をあらげなくても、
怒ったオーラだけ届くっていうか」
藤井さんの言うとおりで、その怒りのオーラに
足が震えそうだった。
「なあ、森脇さんて、玲子さんが好きなのかな」
「また」と苦笑すると、
「すいませんね、ゴシップ好きで」と
藤井さんは立ちあがる。
「そういう意味じゃないですけど」
エレベータが開いて、人が乗り込んでくる。
身を硬くした僕の前に、藤井さんは立った。
さりげなく守っているのだと、驚いた。
そして、守られないと大変なことになるのだと、
病院から車で出たとき、知った。
3
槇さんのスタジオの周りに、マスコミはいなかったが、
テレビで見る限り、玲子さんの家、
長塚先生のスタジオ、自分のマンション、実家の周辺は、
うろついているようだった。
玲子さんの舞台映像まであった。
僕ははじめて、彼女の演じる姿を見た。
それは彼女の美しさを、
極限までシンプルにした姿だった。
白いドーランを塗り、日本人形のような姿で、
ありえないくらい、ゆっくりと動く。
それが肉体的に、いかにハードなことか、
門外漢の僕にもわかる。
外に出るなと釘をさされているので、
テレビやネットを見たり、
スタジオにある写真集を眺めたりして、
過ごすしかない。
そして、玲子さんが撮った写真もある。
(残りもお渡しします)
二人で死にぞこなった日に
そう言ったのを覚えている。
このスタジオで焼いたカラー写真を、
彼女の家に持っていったが、
一部はまだ、ストレッジボックスに入れたまま、
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