第1章

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ここに置いてあったのだ。 いつか、渡せる日が、来るのだろうか。 もう一度、彼女に会える日が来るのだろうか。 写真を見ていると、勝手に涙が出てくる。 僕はさほど活動的なほうではないとはいえ、 何日も閉じこもっていると、 気分が落ちてくる。 彼女には長塚先生以外には、 誰もいなかった。 僕はそう思い込んでいた。 だが報道されて彼女の生育史が明らかになるにつれ、 彼女が恵まれた家に生まれたことを知った。 いつか彼女に生まれのことを問うたことがある。 それは単純に出身地のことを訊いたのだったが 彼女は「私は孤児だから」と答えたのだ。 「水谷の養女になって、長塚に拾われたの」とも。 それは、嘘だったのか。 あるいは比喩だったのか。 マスコミの情報では、お嬢様でなに不自由なく育った玲子さんが、 美貌で水谷昌をおとし、のし上がり、 彼が亡くなった後に、才能ある長塚了一にとりついた魔性の女、 といった昼ドラみたいなストーリーが 出来上がりつつあった。 きっと次にとりついた佐伯竣も、才能ある若手なのだろう、と。 一介のプリンターにとりつくことはないだろう。 そう、苦笑する自分に 「次の話題ができたら、奴らも消えるさ」 藤井さんはそう言ったが、 いつのことになるのか。 思い切って、でかけてみようか。 ふいにそう思った日は、夏を感じさせる陽気だった。 冷房を入れて閉じこもっているのも、気がひけた。 図書館にでもでかけようと、 久しぶりに、ひげをあたり、身支度をしているときに テレビである報道がされたのだった。 「心中相手の青年、佐伯竣は長塚玲子の弟だった!」 だが、またマスコミがでっちあげている としか思わなかった。 どこをどうつついたら、そんな出鱈目が出来上がるのか。 そこに興味がうつり、いつでも出かけられる準備ができながらも つい、その報道をみいっていたのだった。 けれど、玲子さんの生家が映されたとき、 鼓動が大きく打った。 懐かしい日本家屋。 昔は巨大な屋敷と思っていたが、画面に映るそれは 意外とこじんまりとしていて、古びていた。 手入れもあまりされていないようで、門のまわりに雑草がはこびり、 内部は木々で覆われ、家屋を隠しているかのようだった。 それでも十二歳まで暮らした家だ。 見まごうはずもない。 旧姓は佐伯玲子なのだと、レポーターは言う。 それからボードをつかっての、家系図が示される。
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