第1章

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父を真ん中にして「?」マークの女性と、 母、百合子の名前が左右に示されて、線がひかれている。 左の線から垂直に、玲子さんの名前。 右の線から垂直に僕の名。 ?マークは父が結婚するまえに 恋人だった女性らしい。 つまり、玲子さんと僕は 母違いの義理の姉弟という図。 これは嘘っぱちだ。 マスコミがいかに自分たちに都合のよいように 事実をねじまげるか、知っているじゃないかと、頭を振る。 長塚先生は商業写真はもちろん、 報道や芸能関係の写真を撮らなかったけれども、 それでも様々な話は届く。 おもしろく、よりよく、売れるために見せる。 その「物語」に組み込むための嘘を 写真が担うことくらい、よく知っている。 それでも画面から目が離せない。 異母姉弟という文字が出たまま レポーターの話は続く。 僕はテレビを消して、外に出た。 図書館に行くのは、やめた。      4 あの日本家屋のことを実家と呼ぶことはない。 生家ではあったが。 そっけない茶色いマンションが実家だ。 中学生のころから、 大学を出て長塚先生のところで働くまで過ごした場所は 都心だが静かな住宅街にある。 テレビを見たあとだったので 母の住む所にまで報道陣が来ていたことには驚かなかった。 彼らへの欺き方は、いくつか考えてはいたが、 意外にも裏口に気づいていないことに、拍子抜けした。 小さな稲荷の祠の横を抜け、マンションの住民以外は使わない 路地を入り、ゴミステーションの横の柵をよじのぼる。 正面は防犯カメラや管理事務所があるにもかかわらず、 裏はつつぬけという、いつもはセキュリティに 心配を覚えるマンションだが、 こんなときは都合がいい。 エレベータは用心して使わないことにした。 非常階段を八階まで一気にのぼると 入院してからほとんど動いていない身体は、 早々に重くなって息切れがした。 非常口の鉄の扉を開けようとしたら、 鍵がかかっていた。 ここも以前は空きっぱなしだったのに、と苦笑する。 電話をかけると、母はすぐに出た。 部屋にいないのなら、待つつもりだったので、安堵する。 非常口を開けてほしいと頼むと 「水がなくなっちゃったの。 あと、なにかつまめるものを適当に買ってきて」 と、気軽に要請された。 ここにくるまでに、電話をすべきだったと 内心、後悔したが、必要なものをいくつか聞いて、 再び、八階分の階段を降りた。
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