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「あった」
椅子に近づき立て掛けられた黒い傘を手に取り、教室の扉へと踵を返すと、入口付近で教室全体を見渡している女子生徒が見える。
「じゃあ、俺は用事を終えたから先に帰るよ。戸締りは頼みました」
「少し待って。……もしかして、自分の用事が済んだら先に帰るつもり?」
「え、そうですけど? 俺は昨日忘れた傘を回収しに来ただけだから」
彼女の目線の高さ程まで、手持ちの傘を持ち上げる。
本日の俺の仕事は終了したんだ。後は家に帰るだけ。
「すぐ側で忘れ物が見つからず困っている女性がいるのに、手伝おうか、の一声も掛けずに知らぬ振りをするつもり?」
「いや、知らぬ振りとかではなく、本当に困っている素振りが見えなかったから。見えてたら手伝っていたはず」
「それじゃあ、明らかに困っている姿だったら、探すのを手伝っていたのね。……私は困っています。どう手伝う事にした?」
「へたくそか」
思わず呟いてしまった。それに反応して若干睨んでくる彼女。
本当、家に帰りたい、めんどくさい。そうじゃなくて。
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