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「此度の出陣、お前は居留守役として唐沢山城に残れ。そのような心持ちで戦場に出ては、命を落とすことになりかねん」
「は……」
「では我らは行くぞ。出陣じゃ!」
越中守が何か反論する前に、宗綱は下知を出して駆け出してしまった。宗綱に続いて三の丸に集まっていた軍勢も、続々と大手門から出撃して行く。
後に残ったのは越中守とその郎党だけだった。
「……ぬぅ」
越中守は小さくなって行く宗綱の軍勢を見詰め、拳を握り締めた。籠手がみしみしと音を立てる。
「行かせてしまった」
ぽそり、とそうこぼした越中守の目尻には、薄っすらと光る物が浮かんでいた。
武士は己の誇りと面子を何よりも大切にする人種である。自分の諫言を聞き入れて貰えなかったばかりか、老人であると哀れに思われ置いてけぼりにされてしまった越中守の気持ちは、想像に難くない。
しかし彼も武士である前に一人の男である。共に残された部下たちに情けない顔を見せまいと、涙を振り払って気丈に言った。
「さて、我らは殿の言い付け通り、この城の留守を守ろう。それが今与えられている我らの務めだ」
そして部下たちに開きっ放しだった大手門を閉めるように命じた。軋みながら徐々に閉じて行く門の隙間から、先頭を走る宗綱の背中が見えた。
(殿……どうかご無事で)
やがて、大きな音を立てて大手門の扉は固く閉じられた。
出陣してしばらくは、宗綱の機嫌は良くなかった。
いざ戦いに行こうという時に、越中守にその気を削がれるような事を言われたので、少し興醒めしたようであった。
もっとも、宗綱と越中守の衝突は今に始まった事では無い。
歳も若く何事にも積極的、野心溢れる佐野宗綱。幾多の戦を経験し、慎重に物事を考える大貫越中守。元々二人の考え方は対照的なのだ。
過去にも、長尾家との戦で宗綱が前線に飛び出そうとするのを、越中守が血相を変えて止めた事があった。あの時越中守が止めなければ、そのまま勢いに乗って突撃し、長尾顕長を討ち取れていただろうと宗綱は踏んでいる。
(越中守もそろそろ隠居させる事を考えねばならんかな……)
宗綱には越中守が己の行動を妨害する障壁のように感じられていた。だが越中守は佐野家随一の重鎮であり、それが隠居するとなると問題も多いだろう。
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