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弘「あの頃のお前って、なんでもかんでも一生懸命で、遊びだろうが部活だろうが、いつも全力全開だっただろ?」
正「……そんで、空回った挙句、ことごとく失敗に終わって、みんなに笑われてた。今の俺は、ありとあらゆるものに打ち負かされた『なれの果て』」
弘「負けてないよ」
正「ん?」
弘「お前は確かに、まだ勝ってないかもしれないけど、負けてだっていないんだ」
正「……勝負してないって意味か?」
弘「俺の知ってる高橋正明って男は、顔も並だし成績だってそこそこだった。運動神経が飛び抜けていいわけでもない、並中の並の男――」
正「どーもー。モブのタカハシでーす」
弘の語りに正明がおどける。
弘「でも、誰よりも熱いモーターを積んだ、メックみたいな男なのさ」
弘がいたずらっぽく笑って、ビールを掲げる。
正「むかーしむかし、子供の頃に、ほんのちょっとだけ、そんな時期があったかもね……」
正明がため息をついて、暗くなりがちな目を伏せる。
ビールを握る手に力が入り、缶が僅かにへこむ。
弘「煤けて眠っているだけださ。ちょっと火が入りゃ、まだまだ回る」
正「ん……」
正明が曖昧に相槌を打って、ビールを煽る。
正「……それで、特別って言うのは?」
弘「うん?」
正「今日のバトルは特別なんだろ?」
弘「ああ――」
パッと弘の顔が明るくなる。
弘「メックフリーク歴十数年、遂に掴んだ今日この日! 目ん玉かっぽじって、よーく見とけよ!」
正「見とけって……十分堪能してるっちゃしてるけど――」
――わぁあああああああ!
正明のセリフを遮って、一層大きな歓声が上がる。
これまでのメックの疾走とは質の違う、シャープなドリフト音がこだまする。
弘「シーズン中、バトルはいたるところで開催されてるけど、お前をどっぷりメックフリークに引きずり込むなら、彼のバトルしかないと思ってさあ」
正「彼……?」
――にっしじま! にっしじま!
歓声がそろってコールをしだす。
正「まさか、今日のメインイベンターって――」
弘「メックバトル、ランク『レジェンド』のカリスマドライバー」
弘が「にっ」と不敵に笑う。
正「西島、雄介か――」
正明のつぶやきと同時に、接戦を演じる二機のメックが、コースの遥か先に躍り込んでくる。
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