chapter1

3/19
前へ
/130ページ
次へ
「や、伊織。探したよ」  頭上から降り注いだ声に、心臓が跳ねた。  360度漆黒の世界で、耐え難い蒸し暑さに耐えながら息を潜め、友人という名の悪魔が諦めて帰るのを待っていた伊織の頭上が開いた。開いてしまった。  眩しすぎるほどの照明の光が射し込んでくると同時に、篭もっていた悪臭が上へと逃げ入れ替わりに新鮮な空気が入り込む。 「ゴミ箱に隠れたって、僕のセンサーからは逃れられないよ。さ、今日もオールでゲームしようね!」 「勘弁してくれ!」  屈託なく笑うこの男こそが天音幸永だ。伊織の悲鳴じみた懇願はいつもの如く右から左へ聞き流され、その細い腕からは想像もつかないほど強い力で為す術無くゴミ箱から引き上げられてしまう。 「昨日苦戦した84Fのボスだけど、あれはパーティーの編成が悪かったと思うんだ。あのボスの攻撃パターンは分析してみたところそれほど多岐には渡らないんだけど何よりHPが三割を下回ってから発動するスーパーアーマーが予想外だったよね。そこで伊織には是非遠距離タイプの職業にジョブチェンジして貰って、一度三割ギリギリまで僕が弱らせるんだ。相手が一番の強攻撃のモーションに入った瞬間に君が遠距離から攻撃してくれればスーパーアーマー発動の際の演出で強攻撃は中断される。その間僕はずっとタメ斬りのモーションで最大までタメて、君が攻撃力アップの援護弾をその間僕にあるだけ撃ち込んでくれれば──」  ただでさえ寝不足で痛むこめかみが幸永の熱の入った演説でがんがん響く。辟易し、思わず大きな溜息が漏れた。  伊織が幸永を煩わしく思う理由、それは見ての通り。  彼が重度の、ゲームオタクだからだ。
/130ページ

最初のコメントを投稿しよう!

849人が本棚に入れています
本棚に追加