2人が本棚に入れています
本棚に追加
「っ阿部さん!……だよね?」
思った以上に大きい声で呼んでしまった。
彼女は一瞬びくりと肩を揺らしこちらを振り向く。
いつもは綺麗なボブが顔や額に張り付いて雫を垂らしていたが、やっぱり思っていた通り同じクラスの阿部水緒(あべ みお)だった。
同じクラスの割にあまり話したことはないが、悠月は前から彼女のことが気になっていた。
それは恋だとかそういう類のものではない。
彼女はいつも友だちと4人のグループにいて、クラスで浮いているわけでも目立っているわけでもない。
とても安定した立ち位置にいて、何事も平穏に過ごしている。
友だちにも優しいし気配りもできる。
誰にだって分け隔てなく接していて素敵だなと思う。
しかしたまに見せる表情や言動に違和感を感じるのだ。
それが何かは悠月には分からない。
だから尚更気になってしょうがない。違和感の源を探りたくなってしまう。
現に今、傘も差さずに下は急斜面だというのに柵に近づいて何を考えてるんだろう。
「あれ、高橋くん、どうしたの?ズボン、泥跳ねちゃってる」
「いや!そーじゃなくて!そのままじゃ風邪ひいちゃうって」
悠月が紺の傘を水緒の頭の上に持って行く。
けれど水緒はそれをやんわりと断った。
「ありがとう。でもわたしもうびしょびしょだから、もう傘差しても意味ないかも」
それに、と右手を持ち上げる。
「今ね、雨の写真撮ってるの。わたし、写真部だから」
「あ、そうだったんだ……じゃあ逆に邪魔しちゃったね。ごめん」
「こっちこそごめんね。気遣ってくれたのに」
そういいながら水緒はデジカメの液晶に視線を向ける。
まただ。じわりと違和感が悠月の頭に滲む。
周りを見れば畳んだ傘もなく、茶色の皮の鞄がひとつだけ地面にぽつんと置かれていた。
「ねえ、鞄大丈夫なの?地面に置きっぱで結構濡れてる」
「皮だから大丈夫だと思ったんだけどなあ……」
ふふ、と水緒は笑いながら視線はやっぱりデジカメに向かっている。
最初のコメントを投稿しよう!