第2話「鴉鳩の鳴く夜」

36/40
前へ
/200ページ
次へ
島の気配が一変して、港の方がざわめき出した。 奏音が港の方を視ると、蛍火のような翠緑の灯火が、幾つも揺らめいている。 奏音にはそれが、夜空の銀河がそのまま、地上に堕ちたように思えた。 「屍魔が……数えきれないほどの屍魔が……来ます」奏音が言った。 「なに!?」乱摩が遠くを見るが、当然普通の者には見えない。 にわかには信じられない、悪夢のような光景だった。 不可視の霊体ゾンビが、島中の人間と霊体を喰らい、押し寄せて来るのだ。 「ふむ、港が覆うほどの屍魔の群れだな」斎妃も目を細める。 「……強行突破、だな」乱摩が言った。 軽トラの給油口を開けて、荷台のゴムホースを突っ込む。 ゴムをくわえて息を吸い、ガソリンを軽トラの前部に掛け始めた。 ビチャビチャと流れるガソリンの雫と、その揮発する匂いが緊張感を煽る。 「……ふう」乱摩が溜息を漏らした。 ポケットからタバコを取り出し、シュボッとジッポーで火を点ける。 ガソリンの液が大量にこぼれているのに、この男も剛毅である。 ふーっ、と紫煙を燻らして、港の方を見る。 無論、乱摩には迫り来る屍魔の群れは見えていない。
/200ページ

最初のコメントを投稿しよう!

123人が本棚に入れています
本棚に追加