番外編『貪欲』

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それから。 お互い体力は尽き、気絶するように深い眠りについた。 でもやはり響の方が体力がある訳で。 嘉人は夢の中で、微かに頭を撫でられ、頬にキスを落とされたような気がしたが、身体が一向に目を覚さなかった。 太陽の光の眩しさに目を覚ます。 「…………」 【11:52】 部屋に置かれていたデジタル時計にはそう表示されていた。 身体の節々の痛みから、ゆっくりと身体を起こす。 広いベッドの上には自分しかおらず、辺りを見渡しても響の姿は無かった。 デジタル時計の横に置かれていた自分のスマホに手を伸ばす。 メッセージが届いている。 『嘉人ごめん。先に出発します』 そりゃそうだ。 アイツの性格だ。 起こすわけがない。 フライトの予定時刻を考えると、恐らく今、 響のスマホは既に機内モードになっているだろう。 ぱたり。 身体を再びベッドに倒れ込む。 そして静かに縮こまった。 「ばか…」 そして一頻り泣いた。 何故泣く必要がある。 有休も取った。 また直ぐに会える。 けど、やはり、それはまた別の話だった。 誰もいないからこそ、何も気にせず ありのままの感情で泣いた。 そして目元を真っ赤に腫らした頃、嘉人は身体を再び起こす。 よく見渡せば、脱ぎ散らかした服もしっかりとハンガーにかけられ、椅子には鞄が置かれていた。 そして、テーブルの上には何か置いてある。 小さな箱とカード。 嘉人へ お守りです。 受け取って下さい。 愛してます。 箱を手に取り中身を見る。 中にはシルバーリングが入っていた。 いつの間に。 多分指のサイズなんていつでもこっそり調べられただろうから、いつから準備をしていたのかは分からない。 けど、次の休みに出掛けようとしていたあの時、 まだ有休も確定していなかったから、本来であればあの時には渡すつもりだったのかもしれない。 よく分かってる。 ホントに俺のことをよく分かってる。 どうせクリスマスに会えるんだから、 その時直接渡せば良いのに 普通なら。 でも今の自分は クリスマスに会うのも待てないくらい 憔悴してるんだから。 リングを見つめながら再びぽたぽたと溢れる涙を拭う。 リングを手に取ろうと指を伸ばしたが、嘉人は何を思ったのかその手をピタリと止める。 「…………」 そのままリングは取り外さず、箱を閉めた。 そして、恐らく機内モード中の響にメッセージを送る。 『お守りありがとう。でも… これは次会うとき、響に付けてもらいたい。 嘉人はそうメッセージを送ると、 支度を済ませてホテルを後にした。
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