綺麗な月

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「お待ちください」 扉に手を伸ばした所で後ろから声をかけられる。 振り向くと老婆は不思議そうな顔を浮かべていた。 「あなたにとって、素敵な夜になりますように」 「有り難う、御座います」 その言葉に青年は薄気味悪さを覚えた。そして曖昧な表情を浮かべながら足早に店を後にした。 外に出ると周りの照明は消え失せ辺りには暗闇が広がっていた。 一瞬、薄気味悪さを覚え、寒気を感じ、身震いをする。 春の夜、だからか。 青年は自分の杞憂を振り払うように一歩、一歩、細い夜道を踏み締めた。 次第に自分自信が闇夜に包まれていくように感じられていく。 闇に溶けていく曖昧な幻覚が揺らめく。 このまま、溶けて終えれば楽になるのに、とさえ思い始める。 すると突然自身の影を追い払うように淡い、儚い光が振り注いだ。 次第に露になる姿に、なんとも形容しがたい喪失感が生まれる。 ため息混じりに空を見上げると満月が輝いていた。 犯人は月の光だった。 不意に言葉が浮かんだ。 『月が綺麗です、て素敵な言葉だよね』 「月、か」 あの人の呟く姿が浮かんで心が悼む。 青年は上着から煙草を一本取り出すと、火を付けた。 一筋の紫煙が夜空に向かって流れていく。 あの人にまで届け。 愛しい気持ちを思いだし、青年は満月を見上げ続けた。 「ただいま」 青年は一枚の写真に声をかける。無造作に靴を脱ぎ捨てると、片手に持つ紙袋から、先程購入したモノを取り出し写真の前に置いた。 「先生、やっと二十歳になったよ。だから、御祝いしようか」 それは古いロックグラスだった。 キラリと月の光を反射させた。
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