思いやりの空砲

8/9
前へ
/11ページ
次へ
    ◇ ◇ ◇ 「えっ」  中原が驚いたかのように声を上げる。  放課後の教室。窓から差し込む茜色の光。昨日に続いて、今日も俺は足を踏み入れた。 「笹山くん……なんで? 部活は?」 「用事あるからって早退させてもらった」  そっか、と中原が呟いた。いつも放課後、勉強してると言っていたから今日もいるはずだと思ったが、その通りだった。  窓際の一番後ろの席に座っている中原の所へ歩いていく。  言おう。ごめんって。昨日、酷いことしてごめんって。  中原、と呼びかけようとした瞬間だった。 「昨日のことだけどさ」  やけに震えた声で中原が話し出した。 「な、なんだよ」  まさか中原から、その話を切り出すとは思ってなかった。 「あれ全部冗談なんだよ」 「はあ?」  思わず大きな声で聞き返してしまった。 「冗談って……何言ってんだよ? 意味が分かんねえ」  別に、と中原は机の上に置かれたノートを見つめながら答える。 「笹山くんがどういう反応するかなって、そう思っただけ」  震えた声のまま、俺のほうを見ようとしないまま、そう答える。  昨日の中原は、そんなことを考えてるようにはとても見えなかった。自分の気持ちに従って、思わず行動してしまったという風だったのに。 「だから……ゴメン」  机のノートを見つめたまま、中原は言った。  あっ、と思わず声が漏れそうだった。まるで電流がパチリと頭の中で弾けて、体全体へ巡っていくような感覚がした。  こいつ。嘘を言ってるんだ。  男なのに男が好きだなんて思われたくないから。自分がした告白をなかったことにしようとして。多分、俺がひどい拒絶をしたから。  玉木の言葉が脳内で点滅する。『相手を思いやる』  相手を思いやって―― 「……そっか。そうか」  バンッと何かが破裂するような音が聞こえた。発砲音だ。俺の口から。飛び出た。何かが。言葉の形をした何かが。名前は分からない。これで良かったのかは分からない。  だけど放たれたものには、なんの中身も詰まってなんかいなかった、きっと。  
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加