思いやりの空砲

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   じゃあ、俺帰るわ、と言って中原に背を向ける。教室のドアを開ける。廊下へ出る。階段を降りる。一段一段。  これで良かったのか?  ばんばんと一段飛ばしで階段を駆けおりる。いま何階だ。踊り場で先生とぶつかりそうになった。何か言ってる。知らない。聞こえない。  謝らなくちゃいけなかったのは俺のほうだったんじゃないのか?  一階に着いた。右へ。下駄箱だ。左足をひねってしまった。痛い。だけど気にしない。走る。外靴を出す。履く。  でも嘘なんて吐くなって言うべきだったのか? きっと忘れてほしい、忘れたいと思っている中原に? あんな拒絶をした俺が?  校門へ向かう。早足で。痛い。気にしない。痛くなんかない。中原はもっと傷付いた。俺はもっと辛い気持ちになれ。走り出す。無理矢理に手足を動かす。校門を出た。右へ。走る。走る。走る。  嘘に気付かないふりをするのが正しかったのか?  アスファルトを蹴る。体が前へ進む。風を受ける。湿った空気。身体中に血が巡る。体全部が脈をうつ。息が。十字路。左右確認はしない。飛び出る。車はこなかった。前へ。前へ。進む。走る。左足が痛い。足が重い。手も。ぶんぶん振る。動け。動け。動け!  でも体は言うことを聞いてくれなくて、走るのをやめた。肩で大きく息をする。  ふーっと長い息を吐き出して、見上げた先には空。一日の終わりを告げる、茜色の空だった。  きっと、大人になってもこの景色を思い出すんだろうな。そんなことを思った。  
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