第12話 【クリスマスの夜】

32/37
1696人が本棚に入れています
本棚に追加
/37ページ
深呼吸をした後、 「…正式な契約はさせて頂きます。契約期間は、咲菜ちゃんが小学校入学までの1年と3ヶ月。住み込みに関する追加料金も、休日手当も要りません。お借りした120万の返済が、1年3ヶ月分の私の給料です」 伏せていた視線を上げ、覚悟を決めたようにきっぱりと言い放った。 「休日手当も要らない?日当直で、丸一日家を空ける事もあるんだぞ?」 「はい、それは勿論承知してます。ドクターの多忙さは間近で見てますから。夜間の呼び出しもあるでしょうし」 さらりと言って、微笑みを浮かべる私。 「それでも、そんな金額で良いのか?このお試し期間中の支払いも含んでか?」 彼は「そんな契約を自ら提示するなど気が知れない!」と言いたげな表情を露わにし、目を丸くする。 胸がドクドクと早鐘を打つ。 次の言葉を用意していた喉が熱を帯び、流暢を演じる舌は、言葉を発する以前に口の中で縺れそうになっている。 「はい、金額の上乗せは一切無しで」 密かに深呼吸を一回… 「但し、金額以外でお引き受けするのに条件があります」 「…条件?」 「…はい。こう言っては失礼ですが、私は家族ごっこは望んでいません。勿論、家事は一生懸命にやります。咲菜ちゃんに対しても、本当の母親にはなれなくても私なりの愛情を注いであげたいと思っています。 …しかし、契約の期間が終了すれば、私はもとの生活に戻ります。いつか彼を作って、結婚をして…。だから、ここで母親の代役だけにどっぷり漬かっている訳にはいかないんです」 「…一体、何が言いたい?」 演説の如く言葉を並べ立てる私を怪訝そうに見て、先生は眉間にしわを寄せる。 「先生、私に言いましたよね?『あんた女として終わってるな』って。 だったら、私の中の女を目覚めさせて下さい。こんなお願い、秘密を共有するあなたにしか言えません。お金で始まった不純な関係。家政婦のエプロンを脱いだら、家族ごっこなんて要らない。…契約の中に、夜伽を入れて下さい。これが、条件です」 壊れそうな程に叩き打つ、心臓の拍動。 「…おまえ…本気で言ってるのか?」 「勿論、本気です。先生…私を抱いて下さい」 断崖から飛び降りる覚悟で言って、引き攣る頬を上げ、驚きを露わにする彼に艶やかな笑みを向けた。
/37ページ

最初のコメントを投稿しよう!