砂男

2/2
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ
 無類の卵好きで知られる作家エドワルド・ハンプティ・エッグノッグ氏――略してE氏が何者かに寝込みを襲われたのは、締切明けの朝のことであった。  ずしりとした重みと、湿った何かが鼻を撫でる感触に目を覚ましばっ、と瞼を開けるとそこには、どこから侵入したのであろうか、首輪に手紙を結わえた、見覚えのあるブルドッグがいた。 「ホフマンではないか。どうした?」  それは、郊外に住む幼馴染みの女、コッペリウス・コッポラ・スパランツァーニ(長たらしいので以後Cとしておこう)の飼い犬であった。  短い尻尾を振りべろべろと顔を舐める彼の首から手紙を取ると、そこにはこう書かれていた。 『親愛なるエドワルドへ 貴殿に進呈したきものあり。鮮度重要。故、至急、拙宅に来られよ コッペリウス・コッポラ・スパランツァーニ』  E氏は思いきり眉をしかめた。何せ彼は、彼女のことが苦手なのだ。女ながら男名前を有しているせいか、彼女は男のようにがさつである。そのため、壊れやすく繊細な卵を愛するE氏とはどうも馬が合わない。  いや、それよりも何よりも、彼女の瞳、視線が苦手なのだ。  ブルーグレイのその瞳の光は、何事があってもさざめきひとつ見せることがない。いつも恐ろしく冷めていて、奥に研ぎ澄まされたような鋭さを持っている。その瞳が何とはなしに恐ろしく感じられるのだ。  進呈したきものとは何だ? Cの思惑は?  考えつ、E氏はのろのろと腰を上げた。あまり気は進まなかったが、行かないと却って恐ろしいような、そんな気がして。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!