僕がどんなに君を好きか、君は知らない

7/9
69人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
壁にもたれて、疲れたように目を閉じる彼の顔は、今までに見たことのない(かげ)りをまとっていた。 その髪を撫でてあげたい衝動を抑えながら、私は言った。 「それは……敵前逃亡じゃなくて、勇気ある撤退(てったい)だね」 藍沢君は目を開けて、私を見た。 たぶん2人の間には何かがあって、藍沢君はだから焦っているのだろうと思った。 もしかしたら……思いの通じそうな、何かが。 だとしたら私は、何を彼に言えばいいのだろう。 「藍沢君は逃げてるんじゃない……撤退するんだよ。だから……卑怯なんかじゃない」 彼は、今夜はじめてにっこりと笑った。 「先輩は……米村璃子は……イイ女ですね」 「……遅いよ、気づくの」 藍沢君はうんうんと頷いた。 「もっと早く、口説いとけば良かったかな」 「まだ間に合うよ、藍沢君」 私たちは笑いながらビールのジョッキをあわせて、今夜何度目かの乾杯をした。 冷たいビールが、私の喉と、悲しい心にしみた。 彼はたぶん、私の気持ちに気づいてる。だけど彼が保とうとしている私たちの間の距離は、悲しいくらいにこのままだ。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!