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壁にもたれて、疲れたように目を閉じる彼の顔は、今までに見たことのない翳りをまとっていた。
その髪を撫でてあげたい衝動を抑えながら、私は言った。
「それは……敵前逃亡じゃなくて、勇気ある撤退だね」
藍沢君は目を開けて、私を見た。
たぶん2人の間には何かがあって、藍沢君はだから焦っているのだろうと思った。
もしかしたら……思いの通じそうな、何かが。
だとしたら私は、何を彼に言えばいいのだろう。
「藍沢君は逃げてるんじゃない……撤退するんだよ。だから……卑怯なんかじゃない」
彼は、今夜はじめてにっこりと笑った。
「先輩は……米村璃子は……イイ女ですね」
「……遅いよ、気づくの」
藍沢君はうんうんと頷いた。
「もっと早く、口説いとけば良かったかな」
「まだ間に合うよ、藍沢君」
私たちは笑いながらビールのジョッキをあわせて、今夜何度目かの乾杯をした。
冷たいビールが、私の喉と、悲しい心にしみた。
彼はたぶん、私の気持ちに気づいてる。だけど彼が保とうとしている私たちの間の距離は、悲しいくらいにこのままだ。
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