僕がどんなに君を好きか、君は知らない

6/9
69人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
「あのひとは、兄貴の婚約者なんです」 え?と顔を上げた私に、藍沢君はそれでも少し笑ってみせた。 「最初は兄貴の同級生で、彼女になって、それから婚約者になって……もうすぐ、家族になる」 彼はビールのジョッキをあおって、唇をぐい、と拳で拭った。 「藍沢君は……だからアメリカに行くの?……いつ?」 先輩、それも聞いてたんだ……と呟いた彼は、ひとつため息をついた。 「さ来月……うちの教授の研究室が向こうにあって、前から誘われてたんですけど」 藍沢君は私を見て、少しだけ口角を上げた。 「卑怯でしょ?俺。……逃げるんです……敵前逃亡」 まるで自分を(さげす)むように力なく笑う藍沢君が、とても悲しかった。 「あのひとは、藍沢君の気持ち……」 彼は一瞬どこか遠いところを見た。その視線の先にはあの、ゆらゆらと揺れる白いワンピースがあるのかもしれない。 「ずっと、気づかないふりをしててくれたけど……出てるんでしょうね。俺の……このへんから」 藍沢君は自分の手の、人差し指の爪の間あたりを、親指でゆっくりと()でていた。 「物理的に距離をおかないと……もう、駄目な気がする」
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!