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「あのひとは、兄貴の婚約者なんです」
え?と顔を上げた私に、藍沢君はそれでも少し笑ってみせた。
「最初は兄貴の同級生で、彼女になって、それから婚約者になって……もうすぐ、家族になる」
彼はビールのジョッキをあおって、唇をぐい、と拳で拭った。
「藍沢君は……だからアメリカに行くの?……いつ?」
先輩、それも聞いてたんだ……と呟いた彼は、ひとつため息をついた。
「さ来月……うちの教授の研究室が向こうにあって、前から誘われてたんですけど」
藍沢君は私を見て、少しだけ口角を上げた。
「卑怯でしょ?俺。……逃げるんです……敵前逃亡」
まるで自分を蔑むように力なく笑う藍沢君が、とても悲しかった。
「あのひとは、藍沢君の気持ち……」
彼は一瞬どこか遠いところを見た。その視線の先にはあの、ゆらゆらと揺れる白いワンピースがあるのかもしれない。
「ずっと、気づかないふりをしててくれたけど……出てるんでしょうね。俺の……このへんから」
藍沢君は自分の手の、人差し指の爪の間あたりを、親指でゆっくりと撫でていた。
「物理的に距離をおかないと……もう、駄目な気がする」
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