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独りやってきたハワイ島「カウ」の上空は、澄んだ青色がどこまでも広がっている。
真上から照らす南国の太陽は明るく、そして暑かった。
ココヤシの木が縁取る黒砂の浜辺に座って、私はもう何時間も海を眺めていた。
目の前には素晴らしい景色が広がっているはずなのに、何も感じることができない。
理由はわかっている。私の瞳の奥には、ずっと東京の小さな病室がちらついていた。
海から吹いてくる風が私を包む。その時だった。背後から声がした。
「心をどこに置いてきたの?」
片言だったけど、確かに日本語でそう聞こえた。
振り返ると、ムームーを着た褐色の肌の女性が立っていた。歳は私と同じぐらいだろうか。20代後半くらいの女性だった。
ウェーブのかかった長い黒髪を揺らしながら彼女は私に近寄ってくる。
「あなたは心をどこに置いてきたの?」
彼女はまた同じことを言った。どうやら私に言っているみたいだった。
いきなり何?って思った。私は少し不機嫌に彼女に返す。
「どういう意味?」
「あなたはずっとそこにいるのに、心はどこか他の場所にあるみたい」
彼女の言葉に鼓動が早まる。そして自然と言葉が漏れていた。
「私ね、逃げてきたんだ」
見ず知らずの人間に、私はいきなり何を話してるんだろう。でも、ずっと誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。
彼女は黙って私の隣に腰を下ろした。
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