ニワトリの休日

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飛び散った血痕。明らかに人のものと見える肉片。咽び泣く声に、明らかに崩れそうな建物。噴水からは血の雨が、道という道には、無数の亡骸。誰かの作ったオブジェは不気味に笑い、カラスは今が好機とばかりに、目に見えるもの全てを啄んでいる。 そんな光景に目をやりつつ、足元のはっきりしない道を一歩一歩と歩いていると、向こう側から忽然と黒い影が伸びて……。 「うわあああ!!」 とある小さな町の宿の一室で男は幾度となく続く最悪の目覚めを噛み締めていた。彼の蒼い瞳に浮かび上がる明らかな恐怖の色が、まるで明け方の霧のように静かに消え始めていく。 男は無言で立ち上がった。 一目で分かるほどの長身に、ベッドが可哀想になるような、鎧のように膨れ上がる肢体の筋肉。壁に立てかけられたはずのロングソードが床と重なりあい、室内の明らかな違和感を醸し出している。 眠たげに欠伸を噛み締めると、大きく伸びをして、顔を洗いに向かう。窓の向こうは生憎の雨であったが彼にとってはそんなことは些細なことだった。 眠たげな細い目に、しまりのない顔に、水しぶきが当たっては零れていく。彼の猛禽類のような鉤鼻であっても、何でも食べてしまいそうな大きな口でも、それは変わらない。やはり水しぶきはそれらに当たっては跳ね返ってを延々と繰り返した。 「お客様、お客様」 不意にドアの向こうから、男を呼ぶ声が聞こえる。先程の悲鳴を聞き付けたのか、宿のマスターが直々に駆けつけたようである。これだけの大男が、悲鳴をあげるなんて恐らく一大事だと感じられていることは疑いようもなかった。 「ああ。すみません。寝付きが悪かったもので……」 恐る恐る扉を開けると、剥げた頭のてっぺんまで青ざめたマスターが待ち構えていたので、一先ずマスターの気を落ち着かせることに男は専念した。 「すみません。どうにも寝起きは悪いもので」 「いや、良いんだ。久しぶりの客だってのに、部屋で死なれたら今後経営が成り立たなくなるからな」 どうにも何もないことに安心したのか、軽口まで叩いてマスターは階段を下っていった。軽口について特に言及する気も起きない男であったが、男の鉤鼻が僅かに焦げる臭いを拾ったのか、腹が空腹を訴えかける。 「一先ず、朝御飯だな」
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