ニワトリの休日

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パンに少し焦げた目玉焼きにベーコン。申し訳程度に置かれた水入りのグラス。辺鄙な町だが、水の旨さは確かであると、ベーコンを喉へ送り込みながら、彼の舌は器用に舌鼓を打った。 「そういえば、お客さん。アンタ、何でこんなところに来たんだい?見たところ立派な図体だし、定住ってことじゃないだろ?」 まるで、親戚の子供に話すようなマスターではあるが、悪気はこれっぽっちもない顔で男を見つめている。男は特に意に介したわけでもなく、自然な受け答えをする。 「農家になりに来たとはいえないが、そこまで立派な身分でもないさ。ただの旅人だからな」 マスターはふうん、という顔でしばらくは男を見つめ、男は何も言わず、目も合わさずにひたすらに貪る。そんな不思議な時間が数分経った後、突飛なことを男に告げた。 「アンタ、誰かに似てると思ったら、俺の若い頃にそっくりだ。いや、俺の方が数段色男だったがな」 一つ大きく男の肩を叩くと、ふっくらとした腹を抱えつつ、マスターは厨房の方へ歩んでいき、奥へと消えた。きっかけにするように、男もすくっと立ち上がると、僅かに頭上に気をやりながら、宿を後にした。残されたのは、しっかりと食べ終わった食器と、グラスについた数粒の水滴で出来た水溜まりだった。 外に出ると、まず湿気の臭いが鼻をついて、その後に鼻の頭に冷たい雫が一滴零れ落ちる。外の雨にはニワトリも休日らしく、町はひっそりとしていた。 雨の中、男は馬小屋に足を踏み入れる。雨粒が屋根に当たる音、干し草の香り。僅かに雨に対しての憂さ晴らしにもなったところで、男は自分の馬を探していく。とはいえ、馬小屋にそこまで多くの馬がいるわけでもなく、ぽつりぽつりといる程度だったために、判別はすぐに終わった。一番奥の空間をさも自分の家であるかのように堂々とした面持ちで、男をじっと見つめている。 「さぁ。メイト。雨だが、出るぞ」 メイトと呼ばれた馬は男の呼び掛けに対して首を横に降った。まるで言葉がわかっているかのような反応だが、この馬は頷くということをしたことが一度もない。基本的に誰が何と言おうと首を横に降るのである。ダメだろうとは思いつつも、手綱を揺らすと、再び首を横に降って、不満そうにのっそりのっそりと歩き始めた。 「本当にこの性格の歪みようは誰に似たんだか……」 男の愚痴は雨空に溶けて消えた!?
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