【おくる犬】

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◆◇◆◇◆ それはまだ肌寒さを覚える春に起こったことだった。 大学の講義が終わり、コンビニエンスストアで買い物を終えた男女が人気のない道を歩いていた時の話である。 「ねえ。最近、冬美と連絡が取れないのだけれど……もしかして夏矢が襲って泣かせたりでもしたの?」 言葉は疑問。口許は笑み。目は怒り。器用な顔で夏矢は千秋に見上げられていた。 女性からの質問。ならば応えを返すのが男子の使命だろう。 そう思い夏矢は口を開く。 「泣かしたというか……一度怒ったら俺も連絡が取れなくなった。まあ、階段から落ちて病院にいた間は、こっちが音信不通だったから仕方ないのかもしれないけれどな」 店を出た時から、餌が貰えるとでも思ったのか知らない犬がまとわりついてきている。だが、そこは無視である。 「今ごろは暗い場所で塞ぎ込んでいるよ、きっと。迎えに行きなよ」 「もう少し時間を置いた方が良くないか?」 病院のせいで大袈裟に包帯が巻かれている頭をかしげた夏矢は、早々に店で買った魚肉ソーセージを開けていた。 途端にくれと言わんばかりに犬が吠えているが、これも無視である。 「彼氏ならもっと冬美に気を使ってあげなよ。じゃないとこの二人みたいに雑誌に載ることになるよ」 化粧っ気もない千秋が、なぜそれを買ったのか。夏矢の顔の前にはファッション雑誌の特集ページ。 『富豪と貧民。叶わぬ恋の末路』と悲壮な運命が書れている。 それが余計なお世話だと夏矢は手で雑誌を押し退けた。その時、魚肉ソーセージがぶつかり半ばで折れた。アスファルトの上を転がっている。 重なる不運があった。足下にいた犬が当然のように食べていることである。 「俺の魚肉……」 「いいじゃない。お腹を空かせた犬を助けてあげたと思えば。もしかしたら運命の人と引き合わせてくれる、おくる犬かもしれないしね」 「首輪をしているぞ、そいつ」 「そう? でも冬美はそれを信じてこの犬に餌付けしてたよ」
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