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「オレさ、ずっと気付いてたんだよね」
彼の唇が弧を描く。
「やだ…」
掠れたその声が有岡の耳に届いているなんて思ってないけれど。
気付いてたって何に。
もういい、何も知りたくない。
こちらの気持ちなんて御構い無しに、彼の顔が近づいてくる。
ばくばくと早まる脈。
鼻の奥がツーンとして、目が潤んでいくのがわかる。
「オレのこと好きなんでしょ?」
耳元でそんな言葉が落ちた。
不意に耳にかかる溜息と彼のその掠れた声。
背筋を撫で上げられたような、ぞわりとした感覚に襲われる。
「いや、俺、男だよ?」
そんなわけないでしょ?なんて、見え透いた嘘をついて見せた。
泣きそうだと歪む表情を、精一杯の笑顔に作り変える。
「でも、ずっとオレのこと見てた」
鼻と鼻の先をくっつけて、口角だけをキュッと釣り上げて笑う。
いやだ、もういいから。
ぎゅっと握りしめたこぶしに力が入る。
「山田って少しおバカだよね」
その声だけが耳の奥でなんども鳴り響く。
もう終わった。
全部終わった。
そう思えば思うほど、目に潤いが増していくのがよくわかった。
唇をきゅっと結び、崩れそうな自分を必死に自制する。
有岡と目を合わせてしまえば、きっと崩れそうな自分を抑えていられない。
そう思うから、目も伏せた。
「いまだって顔真っ赤なの気づいてる?」
そう彼はクスクスと笑って見せる。
そんなのわかってる。
わかってるからこそ辛いのに。
上手く自分の本当を隠すための嘘が出てこない。
男のくせに男の彼が好きだとか、親友に恋心抱いてるとか、アイドルがグループ内恋愛とか。
それは、俺以外のすべての人に対する裏切りなんじゃないか。
でも、そんな本当を隠す嘘をまだ知らない。
「ふざけんなよ」
ぽろり、そんな言葉が落ちる。
有岡は驚いたように目を見開いた。
ぷつりと自分の中の何かが切れた気がした。
「俺だって、お前のことなんか好きになりたくなかった」
もう終わりなのだから、どうにでもなってしまえ。
さよなら、俺の親友。
さよなら、俺の初恋。
目元からじんわりと温かい雫がボロボロと零れ落ちていく。
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