第1章

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その日の夜、俊哉が寝たあと敏史と弥生は寝室で、なかなか寝付けなかった。 「ねぇ、あなた?」 「なんだい?」 「徳山さん、どうしたのかしら?」 「うん。不思議だよね。俺も昨日、旦那さんが仕事にいくとき、玄関先でそれを見送っているのを見たんだ。」 「何かおかしな様子とかあった?」 敏史は首を横にふる。 「いや。むしろ、その逆だよ。二人とも笑顔で幸せそうにしか感じなかったよ。まあ、でも、こういうときでも外面だけはよくして、家庭内のいざこざを隠してることなんて普通にあるさ。」 弥生は納得いかないようだ。それを見て敏史はたずねる。 「弥生、どうした?」 「でも、変なのよ。」 「何が?」 「昨日まで、生活していて、何か荷物とか運んでいる気配もなかったし。まるで、夜逃げみたいにたった一日でもぬけの殻っておかしいと思わない?」 たしかに敏史のいうとおりだった。生活感のある家が一日で生活感のない家に変わっていたことは不思議だ。そして、夜逃げのように消えていった。 敏史は、徳山たちと会話をしたことあるが特におかしい様子はなかった。それは弥生も同様のようだった。俊哉に聞いても、太一の様子は転校する前日まで、学校でも変わらなかったようだ。 「弥生、もしかして、徳山さんたち引っ越してすぐに何かあったのかな?」 「何かって?」 「何かは分からないよ。例えば引っ越してすぐに何かあって、すぐにまた引っ越しを決意したとか。それだと、俺たちにも気まずいからあえてそのことを言わなかったとか?」 「ありえないことはないけど、考えにくいんじゃないの? しかも何かあってとかいってるけど、新築の家に越してきて、一ヶ月足らずでまた引っ越しとかよっぽどのことじゃないとやらないわよ。」 「そのよっぽどことって何よ?」 「ほんとにもしかしての話だと思って聞いてくれるかい?」 「いいわよ。」 「徳山さんたちの家には、夜になると不可思議な現象が起こるとか、それを毎晩体験して、この家は呪われてると思って出たんじゃないかな? それなら、周りにもなにも言わないのは不思議じゃないだろ。もし、言ったらおかしいと思われちまう。よほどの理解ある人にじゃないと、話せないだろ。」 「ありえない話ではないけど、突拍子なさすぎるわよ。」 そう言ったものの、完全には否定できない弥生であった。
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