第1章

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 予定の時間を3時間ばかし過ぎたころ。  私は事務所の自身のデスクに腰かけていた。  眼の前には、大量の資料。うんざりしながら其れを広げて眼を通していると、後ろから声をかけられた。 「災難でしたね。」  振り返れば、心配そうにこちらを伺う女性社員の姿があった。 「……大丈夫ですか?」  おそらく、とても疲れた顔をしていたのだろう。 「あぁ、心配掛けてすまないね。」  ひら、と、右手をあげれば、眉を下げて笑んで。その表情を見れば、尚更、心配そうに彼女は私の隣の開いていたデスクに腰を下ろした。 「でも最近、殆ど休み取って無いですよね?…それに今日だって夕方までとは言え、休日出勤ですし。」 「それは君も同じだろう?」と、私が口にしかけた所で、彼女は私のデスクの上のカレンダーに書かれた印に気付いたようだった。 「……今日、何か特別な日、だったんですか?」 「……あぁ。……高校に入ったばかりの娘の誕生日だったんだが、私のような歯車には、どうしようもなくてね。」  首を傾いでいた彼女に、引き攣った様な苦笑を返して。其れを聞いた彼女は少しだけ、俯いて考えこんでいるようだった。数拍の後に、思い付いたような表情。 「娘さんになにかとびっきりのプレゼントを買って帰りませんか?」 「あたし、いいとこ知ってるんです。」と、人懐こい笑みを浮かべた彼女に一瞬驚いたけれど、その厚意に甘える事にしよう。 「じゃあ、仕事終わりに落ち合いましょう。」 「あぁ。」と、私が頷くと、彼女は自身の持ち場に戻っていく。  ……私も、自分の仕事を早めに切り上げようと、キーボードに向かう。
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